次世代へ受け継ぐために 久美浜湾での牡蠣養殖

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京丹後市久美浜町にある久美浜湾。穏やかな日には釣りやランニング、散策などをする人々が集まる、地元住民にも観光客にも人気のスポットだ。同時に、久美浜湾は日本全国でもとても珍しい、小天橋砂州のみで日本海と繋がる閉鎖的な地形を持ち、養殖産業に適した環境としても知られる。周りの山々から流れる豊富なミネラルを含む環境を活かし、地元の人々は昔から民宿や鮮魚店を営む傍ら冬の仕事として牡蠣の養殖を行なってきた。
 2019年2月、久美浜湾での牡蠣養殖を将来に受け継いで行くために"久美浜湾養殖技術研究会"が地元有志の牡蠣漁師によって立ち上げられた。「大きく変わっていく時代とともに、牡蠣養殖のあり方も現代に合わせて進化させて行くこと」を活動の目的に掲げる。自身も祖父母・両親から民宿と牡蠣養殖を受け継いできた同研究会の豊島 淳史さんに、今までの活動や今後の展望についてお話を伺った。

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小天橋砂州で隔てられた日本海と久美浜湾。

久美浜湾で育つ牡蠣

「ここで獲れる牡蠣は、他の産地の牡蠣に比べ臭みが少なくさらりと食べやすい。でもしっかりとした食べ応えがありますよ」と豊島さん。そういった味わいになる理由は、久美浜湾の水温、水質、塩分濃度にある。京丹後市では牡蠣のシーズンである12月から3月上旬にかけて降雪があり、雪解け水が山の養分を含みながら久美浜湾に流れ、牡蠣の栄養となる海水内の植物プランクトンを増殖させる。同時に、水温が下がるため牡蠣はぐっと養分を貯え始めるからだ。
 ほとんど外海に面していないため、その時期は水面から1m程はほぼ真水状態になることもある。久美浜湾の漁師は、時期を見計らい水温と塩分濃度が程よい水域に牡蠣のロープを昇降し、牡蠣の生育環境を調整する。ひと手間かけることで、臭みとなりやすい塩分濃度が程よく和らぎ、牡蠣本来の旨味が豊かな味になるのだ。それが久美浜湾の牡蠣の最大の特徴である。「蒸したり焼いたりして、ポン酢で少し味付けするだけで、牡蠣の旨味そのものを楽しんでもらえますよ。他産地との味の違いを感じてみてほしいですね」とおすすめしてくれた。

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育った牡蠣を収穫。「今の時期が一番身が大きく、しっかりしてきていますね」

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獲れたての牡蠣を剥いてもらうと、殻の中いっぱいに大きく育った身が現れた。

兼業から「仕事」としての牡蠣養殖へ

久美浜湾では昔から、民宿などを営む地元の人々の"兼業"という位置づけで牡蠣養殖が行われてきた。民宿の料理として提供したり、宿泊客に手土産として贈ったり、親戚や近所の住民へ分けたり。しかし、地域の高齢化が進むとともに漁師の数も年々減っており、20代、30代は片手で数えるほど。「吹雪く日も多い冬の海で、過酷な仕事をしなければならないですし、人手が減るのは当然のことですね」と豊島さんは話す。それでも質の高い牡蠣をお客さんにお届けするために、昔から続く養殖方法に改善を重ねるとともに、イベント出店や勉強会など、さまざまな活動を行なっている。
 まず取り組んだのは、室津や浜名湖などの牡蠣産地へ足を運び、現地で取り入れられている養殖の方法や考え方を学ぶことだった。海洋センターに技術相談へ行き、勉強させてほしいと頼み込んだこともあった。そこで目にしたのは、牡蠣養殖が「産業」として成り立っていくための多くの先進的なノウハウと、それを"仕事"として継続的に行える環境。「多くの時間やエネルギーをかけてでも、久美浜湾でひとつひとつ試してみる価値を感じましたね」と、豊島さん。

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継続可能な牡蠣養殖へ

積極的に新しいものを取り入れ学ぶことで、実際の養殖技術にも少しずつ変化が現れている。例えば、「シングルシード養殖」という養殖方法の導入へ向けた試殖の実施。これが安定的にできれば、従来の「垂下式牡蠣養殖」とは異なり牡蠣と牡蠣がくっつかずに成長するため、牡蠣の大きさ・形を揃えやすく生産量の計画が立てやすくなる。また、牡蠣の引き上げに使用するクレーン設備の導入の検討。さらに、異業種との連携で牡蠣を使った缶詰を開発するなど、少しでも高みを目指す姿勢に妥協はない。
 このように、養殖技術と販路開拓の両方において新たなチャレンジをすることで、牡蠣養殖という仕事を継続可能なものにしていく。それらの実現には、同じ地域で養殖をする人々の理解や協力も不可欠だ。同研究会は、方法を変える検討だけではなく、人との繋がりも重要視する。「こういった変革の必要性を地域の同業者みんなで共有することが、将来へ引き継ぐための第一歩だと考えています」

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シングルシード養殖の試殖。個体がくっつかずに一粒ずつ生育するため、大きさや形が均等になりやすい。「順調に育ってきています」

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カキフライ(右上)、牡蠣の燻製(左下)、牡蠣の佃煮(右下)。「シンプルな蒸し牡蠣、焼き牡蠣の他にも、家庭でいろいろなアレンジを楽しんでみて下さい」

牡蠣養殖を続けることが生む可能性

現状のまま続けていけば、"時代の流れ"に合わせて後継者もいなくなり、無くなってしまうかも知れない牡蠣養殖の仕事。それにも関わらず、多くの時間とエネルギーを注いで牡蠣養殖の仕事のあり方を変えていこうと動くのには、歴史ある牡蠣養殖を受け継いだ漁師としての使命感と、地域の将来の可能性があるから。「実際に美味しい牡蠣が育つ環境がある中で、安定的に供給できる特産品としてPRしたり、旅行客を増やしたりという観点で考えてみても、牡蠣養殖をよりよく続けていくのはこのまち全体が今後も豊かであり続けるためにとても重要なこと」と豊島さん。作業効率を改善することにとどまらず、まちの長い将来を見据えた活動に取り組んでいく。「例えば若い夫婦が本業として牡蠣養殖を選べたり、定年退職をした人が始められたり。将来、牡蠣養殖をそんな仕事にすることが私たちの目標です」。漁師たちの力強い想いが詰まった牡蠣を味わいに、久美浜湾を訪れてみてほしい。

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ふるさと納税に出品の殻付き牡蠣。大きな実を頬張るとお腹いっぱいに。

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久美浜湾養殖技術研究会の皆さん。協力して活動を行なっていく。

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